社史・アーカイブ総合研究所 研究員 吉田武志
すでにおわかりと思いますが、これまで述べてきた「良い社史とは何か」の定義は、大企業の正史を対象としています。ここでいう大企業とは、豊富な資料を有し、平均的な上場企業のガバナンス構造を持つ企業を指しています。
しかし、当社がこれまで手掛けてきた社史の大半は中小企業の社史です。そこにはまた、別のニーズが存在します。「社外にPRしたい」「社員の共感を得て、求心力を高めたい」「経営理念を浸透させたい」など、“いま”の効果に対するニーズです。大企業の正史が「未来の読者のための記録」なら、これらの社史は「いまの読者に対して効果を上げるツール」といえるでしょう。
これを踏まえて、当社の「良い社史とは何か」の基準には、次のような項目がプラスされています。
④その組織らしさがにじみ出ている
顧客組織の行動様式の特徴の現れたエピソードにも触れる。
⑤従業員がその会社を好きになるようなモラール(労働意欲)アップにつながる
読者である組織の成員が、組織への共感を高揚させ、労働意欲の向上を喚起する。
⑥組織の制作目的要望に応えている
組織が定めた発刊目的や編集方針に則り、その実現を図る。
④と⑤には、これまで述べてきたことに一部反する部分があることにお気づきと思います。たとえ正史の形をとったとしても、これらの社史では、いまの社員が通読に苦痛を感じない読みやすさを考慮します。経営哲学や理念をわかりやすく伝え、共感を得るためのエピソードなども豊富に交えます。企画自体も社員参加型企画を多く盛り込んだ記念誌から創業者伝の漫画化までバラエティ豊かです。
また、これらの社史・記念誌に対するニーズは、大企業にもあります。正史を編纂する大企業が、別途に新入社員研修を目的とした簡易版のわかりやすい社史を作る例は少なくありません。当社が制作を請け負った社史・記念誌の中には、正史のほかに取引先、ユーザー、社員の家族など読者想定別に都合 4種類の別冊をつくった事例もありました。
これらの社史の良し悪しの基準は、いちに ⑥の「制作目的要望に応えている」にかかっています。つまり、どれだけ所期の目的にあわせて効果的につくられているかが「良い社史」の基準になります。
当社はこれまで、商業出版社でもある特性を生かして社史市場を活性化する気概をもって臨んできました。その歴史の中で、読みやすく、わかりやすく、共感性の高い社史を世に問うてきたという自負もあります。その経験を通して言わせていただくならば、大企業の正史とこれらの社史・記念誌との違いは、優劣や新旧で割り切れるものではありません。むしろ、方向性が根本的に異なる二つの流れです。デジタル化と企業アーカイブの浸透を基盤に、目的に応じてこの 2種類の社史をつくりわけていく。これからの社史は、そのように発達していくのではないかと、筆者は長年の社史の編集経験を通じて考えています。
「社史・アーカイブ総研の挑戦」(2019.10出版文化社刊より抜粋)
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